2025年9月1日月曜日

ゴッホ展にいってきた

 電話できいたら。ならんだらはいれるとのことでいった。


大都会。天王寺なんていくの、すう十年ぶり

全く。方角がわからない

駅降りて。ま。しょくじでもと、地下の食堂がいいろいろあるなかで、カウンターちいさくある、どんぶりやさんのてまねきで。かつどんたべる。

てんないで。とくべつなちゅーして。いこらぶさん、かかってた。

にんきあるんだ。

となりにじいさんが食べに来られて。実直な感じで。いい人かんあり。、ひとがとなりでたべてるのは。たのしかった。

あと外にでたら炎天下みたら。標識があったけれど。なんともわかりにくく。ナビもなぜか使えずで。結局みちゆくじょせいにきいたら。えがおで。おしえてくれた。


すぐちかくだったので。たすかった。、

閉館はきょうは、ながめとおもってたら。最終日なので。ごじになってた。、30ぷんしかなかった。、たぶんじぶんがさいごのひとみたいだった。

かんないには。まだ。たくさんのひとがいた。

なかのかかりのかたが。つぎのほうのばしょが。いいのがありますよとか。おしえてくれて。わらえた。

序盤は。なんか。せつめいてきて。ほんとうの。めだまは。おくですよということだった。

いわゆる。目玉の。肖像ががあった。、絵の具ののせ方がわかる感じだった。、本物は立体感を味わえるのがよい。あと。いろも、色は。どれも、もきれいに残っていた。、きれいであった。、ゴッホは。色の劣化を。大変おそれていたし。

ておのおよめさんは。しっかりものの。かんじ。一番の。功労者


散逸しないように。売らなかったのも。すごいなあと。おもう。、美術業界というはめもののえではないという。しんねんがすごいなあ。

ロートレックの女性が手紙をかいている。いわゆる。おつゆがきがあった。相変わらず。絵がうまい


油絵なのに。けっこう。いろがきれいで、よく残っているなあと。感心する。

絵の具の量も。原色を。ふんだんに使った。空。色がよく残っているなあ

おばあさんの肖像画は大変よかった。、ばらんすも。こころも。のってる。

あと。愛をかんじる。



 

路上でも。欧米の年配の方の。慈愛をかんじることよくある。

なげせんとともに、愛情もくれます尊い。心が満たされる


日本の女性は。おちゃめさん、

ゴッホの絵には。作為とか。いやみがないのが。よい。、

絵も。静かで。さらりとしている。、


家族本人も含めて、絵に対する信念、が、別次元であったのが。よい。

 これだけの。ひとを。あつめられる。画家って、いないよなあ。けっこう。子供連れが多かった。

あつかったなあ。そのあと、梅田で。いわゆる。遊びを。きょうは。ぎたーをもってきたら。くたばるとおもって、もってこず

遊んでたら。急いでた学生さんが。投げ銭入れを蹴飛ばして。真っ青な顔で。謝ってて。悪いことしたなあと。おもった。けられないばしょにしたつもりだったけど、

そこは。そういうばしょなんだと。おもった。

前の。一回あるしあと。よこは。4しゃどうろなので。さがすのも、たいへん。難波でも。投げ銭いれ風でとんでて。とりにいくのたいへんだった。

また。その子は。やってきて。千円握りしめていた、わたそうとするけれど。わるいのは。こっちで。すいませんとこちらからなんどもあやまった。。

また。よろしくねと。こわいおもいをさせてしまったなあとおもった。、

離れたところは。いつもの。路上ライブしていて。人ガターくさん集まって。ドンチャンしてた。、

日曜の夜なんだなあとおもった。、京都なら。曜日関係なく。どこでもやってるけれど。なんか。全般にすくないなあと。おもった。

とにかくエキチカは。電車のおとが。道路のおとが。激しいので。やりかたかえないといけないなあと。おもった。かぜがふいて、すこし。すずしいときもあった。

座布団は。風で飛ばされて。失った。電車の中で爆睡した、


あつかったけれど。行ってよかったと。おもう。

ユトリロの。ラパンあジールみにいきたいなあ。